技法の発祥彫漆は堆朱(ついしゅ)、堆黒(ついこく)、堆黄(ついおう)、紅花緑葉等、器物の表面に塗かさねられた漆の層を彫り美しい模様を作り出す技法の総称として近代使われるようになった名称ですが、中国では堆漆の字が使用されています。 古くは剔紅(てきこう、堆朱)剔黒(堆黒)等と称され、彫刻法及び色彩の違いから罕紅(かんこう)、剔彩(てきさい)、剔犀(てきさい)等の名称もありますが同じものです。彫漆の作品は代々中国の宮廷及び一般国民により特に尊重愛好されてきましたが、その技法は唐代に始まったと伝えられています。 宋代にいたっては、急速に進歩し、元代にはこれを受けて更に発展しました。浙江省嘉興県西塘楊の人で張成の子、張徳剛が朝廷に召され官職と邸を賜わり父の技を復興したと伝えられています。 清代の作品の大部分は乾隆年間に作られたとされていますが、以後の作品も見られます。明代の記録によれば「彫漆は宋をもって貴となす」といわれているにもかかわらず中国に於いて宋、元の遺品をほとんど見ることが出来ないのは事実のようです。 彫漆の技法
彫漆は、次の2つに大別することが出来ます。
|同じ色の漆を塗りかさね、厚い漆の層を作りそれに彫漆をするもので、朱漆の場合を堆朱、黒漆の場合を堆黒、黄漆を塗かさねれば堆黄とよばれるのです。同じ色の漆を塗りかさねても単色の層ができるのですが、彫刻の断面を見ますと、漆塗りの1回1回が木目模様のような層になって淡く現われて一段と雅趣をそなえます。
昭和30年、香川県出身の音丸耕堂氏が彫漆で文部省より重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に指定されており昭和51年、国から伝統的工芸品産業振興法による産地指定を香川県が受けました。
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